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岐阜地方裁判所 昭和44年(ワ)454号 判決

原告

石榑常一

ほか三名

被告

徳岡昭二

ほか一名

主文

被告らは各自

原告石榑常一に対し金一五四万七、一六四円

原告石榑明美、同まゆみに対し各金六一万四、六六八円

原告石榑慶子に対し金九一万四、六六八円

及び右各金員に対する昭和四四年九月二七日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決は原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は、「被告らは連帯して原告石榑常一に対し金三八五万二、一〇九円、同石榑明美、同石榑まゆみに対し各金一二〇万九、六九八円、同石榑慶子に対し金三四七万〇、六九八円、及び右各金員に対する昭和四四年九月二七日より各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告石榑常一は訴外亡石榑かのの夫であり、原告石榑明美はその長男、同石榑慶子は長女、同石榑まゆみは二女である。

二、訴外亡石榑かの(大正一二年一〇月一五日生)は昭和四三年九月六日午後六時二〇分頃、岐阜市加納桜田町二丁目先路上において、右道路の西側から東側に横断中、右道路を南進して来た被告木村茂雄が運転する普通貨物自動車(岐四ひ一〇七六番)に衝突され頭部挫傷、腰部挫傷等の傷害を受け、直ちに渡辺病院で治療したが、同月一五日午後六時頃右傷害による外傷性後腹膜出血により死亡した。

三、被告木村は前方を注視し、安全を確認しながら自動車を運転すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り漫然と運転した過失により右事故を起したものである。

四、損害

1  訴外石榑かのの損害

(一)  逸失利益

訴外かのは夫常一が病弱のため訴外堀越紡績株式会社に炊事係として勤務し、一か月の給与金二万〇、五〇〇円、年二回の賞与金四万一、〇〇〇円を得、その生活費は一か月一万円であるから、一年間の純収入は金一六万七、〇〇〇円となるところ、なお一八年間就労が可能であるから年ごとホフマン方式により現価を求めると金二一〇万四、二〇〇円となり、同額の得べかりし利益を失つた。

(二)  慰藉料

病弱の夫並びに未成年の子供らを残し死亡するに至つたのであるが、その肉体的、精神的苦痛は図り知れないものであり、その慰藉料は金四〇〇万円が相当である。

2  相続

訴外かのの損害は前記(一)(二)合計金六一〇万四、二〇〇円となるところ、原告らは相続人として、原告常一は三分の一の金二〇三万四、七三二円その他の原告らは各九分の二の各金一三五万六、四八八円の請求権を相続した。

3  原告常一の損害

原告常一は病弱であるため、その生活の中心的役割を果していた訴外かのを失つた現在、生活の維持または子供の将来などを考えるとき、その前途は暗たんたるものであり、その精神的苦痛は正に言語に言いつくせぬものがある。また本件事故により次のような支出を余儀なくされた。よつて原告常一の損害は次のとおりである。

訴外かのの治療費並びに入院費 金四〇万八、四七五円

遺体運搬費用 金八、〇〇〇円

葬儀費用 金一七万一、〇八七円

その他雑費用 金五万円

小計 金六三万七、五六二円

弁護士費用 金七〇万円

慰藉料 金二〇〇万円

相続分(前記2) 金二〇三万四、七三二円

合計 金五三七万二、二九四円

4  原告明美、同まゆみの損害

本件事故で母を失つた精神的苦痛は絶大なるものである。その慰藉料は各金五〇万円が相当であるから、前記相続分を合せると各金一八五万六、四八八円となる。

5  原告慶子の損害

(一)  逸失利益

原告慶子は昭和四四年三月高等学校を卒業し、同年四月一日から訴外太洋紙工株式会社に事務職員として勤務することに決定していたが、本件事故で母を失い、原告らの生活の面倒をみるため原告宅において家事に従事しなければならなくなり、右会社に勤務することができず、そのため左記計算のとおり同会社より得ることができた給与等の収入を喪失するに至つた。右損害は本件事故と因果関係があることは明らかであるが、仮に相当因果関係がないとしても、家事を行う訴外かのを失つた原告らとしては、もし原告慶子が勤めに出るとしたならば、家政婦を頼まなければ原告らの生活は成り立たない状態で、少なくとも長男明美が結婚するまで必要である。事故当事家政婦の日給は一日二、〇〇〇円を下らないのであるから、一か月に二五日間頼むとして一か月五万円の費用を要する。右明美は昭和二三年四月二六日生れで、二五才(昭和四八年四月)で結婚するとしても四年間は家政婦が必要であるから、日給の増額を見込まなくても金二四〇万円の損害を受けることになる。その損害分を慶子の労力により支出したことになるから、同人の損害として請求するものである。

逸失利益の計算

(イ) 一年間の収入

給与(月額二万五、〇〇〇円×12) 金三〇万円

賞与(年二回給与三か月分相当) 金六万円

合計 金三六万円

(ロ) 給与等からの諸控除額(月額五、〇〇〇×12) 金六万円

(ハ) (イ)から(ロ)を控除した残額 金三〇万円

(ニ) 就労可能年数 七年

以上の資料を基礎として年ごとホフマン方式計算による現価 金一七六万一、〇〇〇円

(二)  慰藉料

本件事故で母を失つた精神的苦痛は絶大なものがあり、その慰藉料は金一〇〇万円が相当である。

よつて原告慶子の損害は前記相当分を加えると合計金四一一万七四八八円となる。

五、責任

被告徳岡は本件加害車の所有者であり、同被告は右自動車を自己の営業に使用し、本件事故も同人の従業員である被告木村が右営業の衣料品等の運搬中に生じたものであるから、被告徳岡は加害車の運行供用者として、被告木村は不法行為者として本件事故につき責任がある。

六、原告常一は被告徳岡より金五五万円の賠償金の支払いを受け、原告ら四名は自賠責保険から金二九一万〇、五五五円の支払いを受けたので、これを相続分に従い、原告常一は金九七万〇、一八五円、その余の原告らは各金六四万六、七九〇円宛損害に充当した。

よつて、被告らが連帯して、原告常一に対し金三八五万二、一〇九円、同慶子に対し金三四七万〇、六九八円、同明美、同まゆみに対し各金一二〇万九、六九八円及び右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四四年九月二七日より支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める。

被告ら訴訟代理人は、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁並びに主張として次のとおり述べた。

一、1 請求原因一項ないし三項の事実(但し傷害の部位は不知)は認める。

2 同四項中、訴外石榑かのが訴外堀越紡績株式会社に炊事婦として勤務していたこと、原告らが訴外かのの死亡により精神的苦痛を受けたことは認めるが、その余の事実は争う。

訴外かのの必要経費年間金一二万円は低額に失し、就労可能年数は長きに過ぎ失当である。原告慶子の逸失利益は本件事故とは因果関係がなく、かかる分まで賠償を請求するのは衡平の原則に反する。また家政婦の日給相当の損害との主張も、稼働主婦の逸失利益と重複し不当である。

3 同五項中被告らの責任原因事実は認める。

4 同六項中原告らの受領金額は認める。

〔証拠関係略〕

理由

一、請求原因一項ないし三項、五項の事実は傷害の部位を除き当事者間に争いがない。

二、損害

1  訴外石榑かのの損害

(一)  逸失利益

〔証拠略〕によると、訴外かのは夫である原告常一が病のため稼働できないようになつたので昭和四三年三月二五日訴外堀越紡績株式会社に臨時職員の炊事係として入社し、日給八二〇円の支給を受け、賞与は年間にして給与の二か月ないし二・四か月分の支給を受けえたものであること、入社の条件は長期勤務として採用され出勤率は良好で、臨時職員の場合女子四五才の定年の適用を受けず六〇才になるも労働が可能であることが認められる。すると、一か月に二五日出勤するものとすれば一か月の給与は金二万〇、五〇〇円であり、年間の賞与を最低の二か月分とすれば一年間の収入は金二八万七、〇〇〇円となり、その生活費は、右収入額及び家族数などを考えると一か月金一万円が相当であるから、これを控除すると一か年の純収入は金一六万七、〇〇〇円となる。そして本件事故当時満四四才であるから、昭和四一年簡易生命表によると平均余命は三二・八五年であり、前記家庭の事情を考慮すると就労可能年数は今後一六年間とするのが相当である。

そこで年ごとホフマン方式により年五分の割合の中間利息を控除し逸失利益の現価を求めると金一九二万六、五六二円(167,000円×11.5363=1,926,562円……円未満切捨)となる。

(二)  慰藉料

本件事故による精神的苦痛に対する慰藉料は金一五〇万円が相当と思料する。

2  相続

訴外かのの損害は前記(一)、(二)の合計金三四二万六、五六二円となるところ、原告常一は夫として三分の一の金一一四万二、一八七円、その余の原告らは子として各九分の二の各金七六万一、四五八円の請求権を相続した。

3  原告常一の財産的損害

〔証拠略〕によると、訴外かのの(1)入院関係費用として、入院治療費金三六万一、〇〇〇円、付添看護費金一万八、八一五円、その他入院諸雑費金二万八、六六〇円、合計金四〇万八、四七五円、(2)遺体運搬費金八、〇〇〇円、(3)葬儀費用金一五万八、六八七円(その他に香奠返し金一万二、四〇〇円を支出していることが認められるが相当因果関係がないものと認める。)、その他諸雑費金五万円、総合計金六二万五、一六二円を支出し同額の損害を被つたことが認められる。

4  原告慶子の財産的損害

〔証拠略〕によると、原告慶子は昭和四四年三月に高校を卒業する予定であつたので、就職を希望し、昭和四三年八月末頃訴外太洋紙工株式会社に就職が決定し、給与は基本給金二万円、加算給二、〇〇〇円、皆勤手当金三、〇〇〇円の支給を受けることとなつていたこと、本件事故により母である訴外かのが死亡し家事に従事しなければならないため勤務を断念し、現在家事に従事していることが認められる。

しかしながら、〔証拠略〕によると、原告常一は病弱であるが短時間の軽労働に従事することができ、長男原告明美は昭和二三年四月二六日生れ(事故当時二〇才)で訴外太洋紙工株式会社に勤務し、二女原告まゆみは昭和二七年九月一一日生れ(事故当時一六才)で昼間は高校へ通学し、夜間勤めていることが認められる。訴外かのの死亡によりこれまで同人が行つていた家事を誰か代つてする必要のあることはいうまでもないところであるが、右認定の家族構成によると父は病弱とはいえ病床に伏している状態ではなく、兄はすでに成人し最年少の妹まゆみも一六才に達し身の廻りの処置は充分になしうるものであつて、当初は不馴れのため苦しいにしても勤務しながら家事に従事することが不可能とは認め難く、そのうえ前記のとおり訴外かのも勤めるかたわら家事も行つていたのであるから、訴外かのの死亡と原告慶子が勤務しなかつたことにより生じた得べかりし利益の喪失との間には相当因果関係があるものということはできない。

同原告は仮定的に家政婦の日給相当額の損害を被つたと主張するので判断するに、本件のように有職主婦である訴外かのが、その勤務によつて得べかりし利益を損害として請求している場合、更に家事労働について家政婦の日給相当額全額を請求するのは通常生ずべき損害の域を超えるものというべきである。

しかして、相当な範囲の家事労働分の損害はその算定が困難で且つその資料もないから、右主張を採用することはできないが、右の事情は原告慶子の慰藉料の算定につき斟酌するのが相当である。

5  慰藉料

原告らが訴外かのの死亡により精神的苦痛を被つたことは認めるに難くないところ、前記認定の諸事情を考慮すると、その慰藉料は原告常一が金一〇〇万円、同慶子が金八〇万円、同明美、同まゆみが各金五〇万円とするのが相当である。

三、すると、原告らの相続分を合せた損害額は、原告常一が金二七六万七、三四九円、同慶子が金一五六万一、四五八円、同明美、同まゆみが各金一二六万一、四五八円となるところ、原告常一は被告徳岡から金五五万円を、原告らは自賠責保険から金二九一万〇、五五五円の各支払を受けたこと当事者間に争いがないから、これを右各損害から控除(保険金は相続分に従い原告常一は金九七万〇、一八五円、その余の原告は各金六四万六、七九〇円)すると、原告常一は金一二四万七、一六四円、同慶子は金九一万四、六六八円、同明美、同まゆみは各金六一万四六、六八円となる。

四、弁護士費用

〔証拠略〕によると、原告常一は本件事故について、被告らの誠意がないため原告ら全員のため弁護士佐藤千代松に本件訴訟委任をなし、同原告が着手金を支払い報酬を支払うことを約したことが認められるところ、前記認定の損害額、本件事案の内容、訴訟追行の難易等に照らし、被告らに請求しうる弁護士費用は金三〇万円が相当と認める。

五、すると、被告らは連帯して原告常一に対し金一五四万七、一六四円、同慶子に対し金九一万四、六六八円、同明美、同まゆみに対し各金六一万四、六六八円及び右各金員に対する本件訴状が被告らに送達された日の翌日であること記録上明らかな昭和四四年九月二七日より各支払いずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

六、よつて、原告らの請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九三条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宮地英雄)

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